開かれた魔法

本は開かれている。時を超えて、国を超えて。自分の枠を超えてどこまでも行ける気がする。そんな本の魅力にとりつかれた女子の書評ブログ。

TUGUMI

吉本ばななのみずみずしい文体が紡ぎ出す物語は、荒井由美時代のユーミンの世界観を彷彿とさせる。そう感じるのは私だけだろうか。どこか懐かしくて、切なくて、甘酸っぱくて、やさしい。まっすぐで、儚くて、セピア色に溶ける景色。10代の頃心に流れていたメロディが古びたレコードから流れ出すような心地よさがある。

TUGUMI」は、海辺の町を舞台に、病弱で破天荒な美少女つぐみとその家族らと過ごした夏の日々をつぐみの従姉妹まりあの視点から描いた作品である。まりあは、母と二人で叔母(つぐみの母)の嫁ぎ先である山本屋旅館で育った後、大学進学とともに東京で両親と三人で暮らし始める。物語は大学生のまりあが山本屋旅館で過ごす最後の夏を、子供の頃の回想を交えながら描かれていく。

つぐみは、身体が弱いにもかかわらず、人並み外れた行動力を持つ少女である。特に彼女が本気で怒ったとき、そのずば抜けた行動力は発揮される。同級生から妬まれて皮肉を言われたときは学校のガラス戸をぶち壊す。姑息なやり方で弱い者の命を奪ったチンピラには、大胆な戦略を用いて半ば生き埋め状態にして、自らの行いを死ぬほど後悔させる。普通の人ならそこまではできない。なぜなら怒りはたくさんのエネルギーを消費し、その割には返ってくるものが少ないからだ。むしろ怒りを露わにすることで性格の悪い奴だと思われる恐れすらある。しかしつぐみの行動には、躊躇がみじんもない。だから惹きつけられる。そして皆彼女のとんでもない行動も許して、受け入れてしまう。
また彼女の言葉には嘘がない。だから皆彼女に心を開いてしまうのだろう。

普通の作家がつぐみを描いたら、太陽を直接見るみたいに眩しすぎたかもしれない。しかし吉本ばななの文体はつぐみの眩い光と淡い陰を巧みに表現し、彼女の鮮やかな魅力が心地よく読者に伝わってくる。お見事である。

つぐみの他にもう一人、魅力的な人物を紹介させてほしい。まりあの父である。
まりあと父が夏の海で一緒に泳ぐシーンがある。娘と一緒に泳ぐことにはしゃぐ父の姿が清々しい。大学生になる娘に対してここまで素直でいられる日本人男性はそういないと思う。
また、前妻との離婚が成立しやっと一緒に住めるようになった娘のまりあについて、これだけ長く離れて暮らしていれば恋人のようなものだと発言する。まるでイタリア親父である。
私の父はイタリアに通算20年以上住んでいるが、まりあの父のような言葉をかけてくることはないと思う。
だが、まりあの父と私の父には共通点がある。娘の話を丁寧に聞いてくれることだ。娘が今何に関心を抱いているか興味を持ち、娘との会話を楽しんでいることだ。それは当たり前と言われれば当たり前なのかもしれないが、自分と過ごす時間を心から喜んでくれている人がいることは、とてつもない幸運なのではないかと思う。
最近私は女性の左手の薬指に思わず目がいってしまう。結婚指輪が幸せの印のように思え、他人の薬指に光る指輪を見るたびに焦りを感じた。だがちょっと待ってくれ。私にはいつでも話を親身に聞いてくれる家族がいる。私がやりたいことなら何でもきっと応援してくれると思える家族がいる。形こそないが、私はもしかすると生まれたときから透明な指輪をしているのかもしれない。そう思うと自分の何もない指がとても美しく見えた。